大松稲荷神社

知る人ぞ知る南青山のパワースポット

表参道駅のA5出口を出たすぐ隣に、小さいながらも独特の存在感を示しているお稲荷さんがある。大松稲荷神社である。江戸時代後期からこの地で祀られてきた由緒ある神社なのである。

創始は天保10年(1839)。祭神として宇迦之御魂神を祀ったものとされている。かつてここに生えていた巨大な松の木が暴風によって折れ、その折れた根株の上に小祠が建てられたことから大松稲荷と呼ばれるようになった。向田邦子の代表作、『父の詫び状』の『隣の神様』にも登場する。

実は、大松稲荷神社の正確な創建年代は不詳だが、『東京名所図会』や『赤坂區史』に、「社頭の盥水盤には、天保十己亥年七月吉日とある」との記載があることから、江戸時代後期の天保の時代(天保10年、1839年)創建とみられている。渋谷にある金王八幡宮の境外末社といわれており、この地に巨松があったことから大松稲荷(または仲町稲荷)と称された。

真新しい手水舎(てみずや)
狛犬だけは改築前のものなのだろうか

ご祭神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)で、五穀豊穣や商売繁盛を司り、「お稲荷さん」として親しまれている女神である。祭日は5月20日で、総本神は伏見稲荷大社だという。

江戸時代、この一帯は百人町と呼ばれ、多くの組屋敷があった。当時、この地に巨大な松があり霊松と称えられていたが、暴風雨に遭って折れ、その折れた根株の上に社殿を造営したという。今も社殿床下に巨大松の根株を残していると伝えられているが、真偽の程は定かではない。

この社殿の下に大松の切り株はあるのだろうか。

東京大空襲によって社殿そのほか全てを焼失したため、焼け残った民家の古社を仮殿としていた。その後、明治神宮御造営(大正9年、1920年)の際に残った木材の払い下げを受けて、社殿が建てられた。この社殿は、隣接する南青山第一マンションズを終の棲家とした作家の向田邦子さんの著書『父の詫び状』にも登場する。

「青山両社講」とは「大松稲荷神社」と青山通りを挟んだ「秋葉神社」の両方の神社をお守りする組織(社務所)のこと
南青山第一マンションズに取り囲まれるように佇んでいる

この社殿も老朽化が進んだろうか、2022年に取り壊され、翌2023年に真新しい社殿に生まれ変わった。社殿の下に、本当に巨大松の根株が存在するのか気になったので、旧社殿の解体工事の際、現場を覗いてみたが、それらしいものの形跡は、確認できなかった。機会あれば、工事関係者に聞いてみたいと思っています。

コムデギャルソン店内から大松稲荷神社をのぞむ、いかにも南青青山らしい眺めだ

新旧が混在するこの南青山にあって、地域の発展を200年にわたり見守ってきた大松稲荷神社。世界的に有名なブランドショップなど一流店が並ぶ洗練された『みゆき通り』の入り口に鎮座し、不思議な存在感を醸し出している。南青山のパワースポットとして大切にしていきたいと思う。

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